"photobashiru" ...

写真を中心に、ほとばしってるものを。

『Once Upon a Time in Hollywood』

映画を見るのが好きで、
学生時代には深夜映画をテレビでよく見たものである。
録画しておいて気に入ったものは何度も繰り返し見ていた。
最近はアニメの方に偏っていて、映画はしばらく見ていなかった。
動画のサブスクリプション · モデルが流行りだして、それに乗っかった結果、
土曜日の深夜から日曜日の朝にかけて、
アニメをワンクール分まとめて観る、
なんてことを時々してしまう。
最近の洋画の最新作は私の趣味的には今ひとつパッとしないイメージがあって、
アニメの方が面白いなというのが正直な感想であった。
が、この映画は久々に楽しさを思い出させてくれた。

『Once Upon a Time in Hollywood』は、
1969 年にハリウッド女優のシャロン · テートが殺害された事件をモチーフにしている。

シャロン・テート - Wikipedia

関連する人物関係が引用されるような形で物語に組み込まれているが、
主人公(俳優)とその相棒(スタントマン)の二人を基軸に、
当時のハリウッドの雰囲気が描かれている。
(主人公のリック · ダルトンのモデルは、バート · レイノルズらしいが、
 シャロン · テートの事件とは関連がないと思われる。)
例えるならば、アニメの『シュタインズ · ゲート』の設定で言うところの、
現実とは異なる世界線が描かれている、というようなイメージだろうか。
当時の時代の雰囲気を感じることができる映画であり、スリラー的な要素もあり、
クエンティン · タランティーノ監督独特のユーモアも感じることができる、
時代が変わっても変わることのない人生の哀愁のようなものも描かれている、
というように扱っている領域が盛りだくさんで、感情が様々な方向に揺さぶられる。
非常に残酷なシーンを見せつけられているにもかかわらず、
どこかユーモラスな雰囲気がある。この辺のバランス感覚はさすがだと思う。

 

私が最も好きなのはディカプリオが演じるリック · ダルトンの撮影シーンである。
若い共演者の少女と年齢的にピークを過ぎた俳優の会話、
若い頃のようなパフォーマンスを出せずに情緒不安定になる様子、
きっと多くの人が人生のどこかで経験をしたことがあり、
共感を感じるシーンではないだろうか。
私の場合は学生の頃、まさにあんな感じで情緒不安定だったなぁと思い出して、
笑ってしまった。

 

途中、当時の映画のサンプリングと思われるカットがいくつも挿入されているが、
タランティーノ監督の風味が漂っている。
シャロン · テートが劇中で演じるドジっ子フレアのやりすぎ感、
サイレンサー第4弾/破壊部隊』というのがモデルとなった映画らしい。
果てしなく B 級感を漂わせているが、時間のあるときにぜひ見てみたいものである。

 

途中、ブルース · リーをいじっているような表現もある。
私はブルース·リーをリアルタイムでは知らない。
伝説的に取り扱われている彼の作品の一つを見たことがあるが、
正直に言えば、どうしてそのような扱いを受けているのかについて、
ある種の疑問を持っていた。
この映画を見て、その疑問が私の中でなんとなく腑に落ちた感がある。
彼が若くして亡くなったことが影響しているのはもちろんそうだと思うのだが、
それ以上に、彼がどこか憎めない愛すべきキャラクターであるという点である。
この映画で描かれている等身大の彼の人物像からは、監督の愛が感じられる。

主人公のリックは若い頃はテレビのウェスタンドラマで名を馳せ、
映画界に転身を試みたものの思うようにいかず、
イタリアのウェスタン映画への出演を依頼される。
リック自身は質の悪いイタリアの西部劇への出演には一貫して嫌悪感を抱いていたが、
結局は出演せざるを得ない状況になる。
イタリアのウェスタンというので、
思いだしたのが「マカロニ · ウェスタン」という言葉である。
どこかで聞いたことがあったのだが、意味を調べないままになってしまい、
ようやくその意味を理解した。
要するに、1960-1970年代前半に作られたイタリア製西部劇のことで、
Wikipedia によれば、これは日本の造語であり、
「スパゲッティ · ウェスタン」などとも呼ばれるらしい。

マカロニ・ウェスタン - Wikipedia

 

この時代の雰囲気を最も象徴的に表しているのがヒッピー文化である。
音楽を聴くシャロンの部屋にミュシャの絵が飾られているシーンもあった。
主人公がウェスタンヒーローだったものだから、
当然ながらこの映画の中ではヒッピーはとことん悪いイメージで描かれている。
未成年者も含め、たくさんのヒッピー達が集団生活をしている様子は、
得体の知れないものに対する恐怖心のようなものをかき立てられる。
『Snatch』でブラッド · ピットが演じたジプシーが、
Pikey という侮蔑的なスラングで呼ばれ、
キャラバンで生活していたシーンを連想した。

パイキー - Wikipedia

 

そして、ラストは ...
おそらく監督にとってのシュタインズ · ゲート世界線なのだろう。
だが、どんな終わり方にせよ、
ハリウッドという場所の特殊性とか、
ある種の狂気のようなものを感じずにはいられない。

 

と、いろいろと見所はあると思うが、
何をおいても私はブラッド · ピットのファンであるから、
それがこの映画を見る第一の動機になるのであって、
ブラッド · ピットの魅力に関しては、私が語るまでもないことである。