"photobashiru" ...

写真を中心に、ほとばしってるものを。

葉巻の熟成

 葉巻にまつわる謎の一つに熟成がある。

 熟成という言葉が使われる他のものを考えてみる。チーズや肉は、微生物·カビなどが作り出す、あるいはその食品自体に含まれる酵素の働きなどにより、分解などを経てある成分が別のものに変化する過程である。発酵食品の製造工程とも類似していて、例としては、糖が酵母菌による嫌気呼吸の過程でエタノールを生成する、牛乳から乳酸菌の働きでヨーグルトができる、などがある。ウィスキーの熟成は、貯蔵に使用している樽に含まれる成分が抽出される過程である。(熟成とは言わないが、)これらとはまた別種の成分の変化を生じる例として、渋柿の渋抜きの過程がある。渋さの原因となる物質はタンニンと総称されており、タンパク質を変性させる効果がある。部分構造でいえばフェノール(ベンゼン環にヒドロキシル基がついた構造で、弱い酸性を示す)である。「タンニン」という言葉自体、その由来が「革をなめす(tan)」であることからも、タンパク質にある作用を及ぼすものであることが分かる。専門的には、タンニンが口腔内·舌で起こすタンパク質の変性を「収れん作用」と呼び、渋みとはそれに伴って生じる痛覚に由来するものと考えられている。渋抜きでは、嫌気条件に置いたり(二酸化炭素にさらす)、エタノールを加えたりすることで、柿自体に含まれる酵素の働きによってアセトアルデヒドを生成させる。生成したアセトアルデヒドはタンニンに含まれる特殊な構造において化学反応を起こし、結合を作る。このような反応が進行すると低分子量で水溶性であったタンニンが、高分子量化し水に不溶性になる。不溶性になったタンニンからは渋みを感じなくなるという訳である。フェノールの構造をたくさん有するという意味でポリフェノールという言葉もあるが、これも同じように植物に含まれる渋さを感じる物質群の総称であり、お茶やワインに多く含まれると言われる。長期間、保存されたワインの瓶の底にたまった「おり」はポリフェノールの高分子化反応によって生じた不溶性の成分であろう。

 前置きが長くなったが、葉巻の熟成過程はおそらく、葉自体に含まれる酵素などの働きによって、葉の内部の成分が変化する過程だろう。葉巻が先に挙げた例と一番大きく違うのは、たばこの葉が他のものと比べて含有する水分の量が極めて少ないことである。化学反応の媒介となる水分が少ないと、単純に物質同士が出会う確率が極端に減るので、葉巻における熟成過程は極めて遅いと考えられる。渋柿の渋抜きにはせいぜい2週間程度しかかからない。一方で、新しく巻かれた葉巻には時に渋さを感じることがあるが、これが抜けるには数年の歳月を要する。熟成された葉巻からは、火をつける前から酒のような熟成香を感じることがあるし、喫煙時に渋さが消失している他にも、以前とは異なる豊かな香りを感じることがある。このような香りの変化が葉の内部におけるどのような物質変化に由来するのかというのは全くの謎である。