"photobashiru" ...

写真を中心に、ほとばしってるものを。

階段

夕暮れ時、真昼の暑さが未だ冷めきらぬ中、家路につく。むっとした湿気の中を歩いていると、体中から玉のような汗がふきだし、シャツをじとっと濡らす。時折、ゆるやかに流れてくる風は生ぬるく、密室で愛撫されているような気だるさがある。太陽はとうに地平に沈んでいようが、散乱された残光でまだ空は明るい。そのような光を背に浴びながら、自分の影、走り去る子供ら、同じく重い足どりの中年のスーツ姿を横目に見ながら何も考えずトボトボと歩く。そうこうしているうちにあたりはすっかり暗くなってしまった。もともと山を切り開いた土地のためか、下り坂や階段が多い。平均すればほとんど高低差はないのだろうと思われるが、下りたり上ったりという道が続く。街灯がつき始めた頃、長い階段に差しかかった。少し冷えた空気が吹き下ろして、背中がぞくっとする。街灯の少ない古い階段なので足元ばかり見て歩いていたら、どうも様子がおかしいことに気が付いた。もうだいぶ前に半分は登ったと思ったのに、いつまでたっても登りきらない。どうしたことかと思い、頂上を見据えながら早足で登ってみても、いっこうに距離が縮まらない。心臓の動悸が激しくなってきて、ますます焦ってくる。周りをながめて見ても、自分の他は人の気配もなく、しんと静まりかえっている。いよいよ不安になってきて、二段飛ばしで駆け上がるように登ってみるが、やはり状況は変わらない。途方に暮れて、階段に座り込んでしまった。そんな時、なぜか、子供の時分に通っていた水泳教室で、練習が終わり着替えをしている時のことを思い出した。蝶結びにしていた水泳パンツの紐が水に濡れたせいで固くしまりほどけなくなった。焦った私は無理に引っ張るが、引っ張れば引っ張るほど結び目は固くほどけなくなっていった。気が付くと、隣で着替えをしていた同じスクールの生徒が軽蔑のまなざしで私を見ていた。頭の冷えた私は何とか濡れた水泳パンツを脱ぐことができた。そんな記憶が一瞬のうちに頭を駆け巡った後、とりあえずタバコに火をつけた。座ったまま、一段一段、階段を後ろ向きに進んでいった。すると、いつのまにか階段の一番上に腰掛けていた。それから何事もなかったかのように、立ち上がり向き直って歩き始めた。「あの日以来、水泳パンツの紐は止め結びなしの蝶結びにすることにしたんだよな。」などと考えながら...。