今回も前回と同じ 300 mm のレンズ、撮ったのは昨年の 6 月だが、少し時間をおいて眺めるのもよいことだと思う。

音楽に関しては、だいぶ個人個人の趣向の強いものだから、話題として避けてきたのが、前回に少し書いたし、意味のない文章になるかと思うが軽い気持ちで続けてみることにする。

そもそも音楽について書くと言っても、表現が難しいところがある。

グルーブが、バイブスが、どうたらこうたら、とよく聞くのだが、それらが何を意味しているのか、私にはまだいまひとつピンときていない感じがある。

音楽を専門にやっている人ならば、何か理論的なことを細々と説明することもできるのだろうけども、専門外からすればそういう話はハードルが高いなと思う。

そもそも、音楽理論に沿って楽曲の良さを語りたいわけでもないし、「この曲はすごくよくて、他の人とこの感動を共有したい気持ちなんだっ」という気持ちを表現する言語的手段というのはあまりにも貧弱な現実がある。

結局のところ、このグルーブ感、バイブスは、と鼻息強めに語るくらいしか伝える手段がないのかもしれない。

それで聴いてみたら、自分はあまり好みではないな、とかはよくあると思うし、音楽の話というのは共感だけを目的にしたら成立しない、つまり、相手の受容能力を要求する分野という点でレベルの高い話かなとも思う。

そうはいっても、多くの人に受け入れられる音楽というのはあるようで、ビートルズが一つの例に当たるかもしれない。

自分の聞いてきたものを振り返っても、やはり、分野は多少偏るにしても、比較的多くの人が聞いているだろう楽曲が多いし、マニアックなものはほとんど聞いてこなかった。

つまり、売れている楽曲は当然ながら共感を得る可能性が高い訳だが、ヒットチャート 1 位の楽曲について語ったところで、あまり意味のある話にはならないような気がする。しかし、現実としてそういった音楽をよく聴いている訳で、やはり音楽について自分が語れることはほとんどないとつくづく感じる。

音楽はやはり聴いてみなければ始まらないし、その点で、ラジオというのは音楽を語るのには一番よい媒体なのだなと感じる。

とブログという媒体が音楽を語るには向いていないと言い訳を並べてみたものの、初めから写真の間を埋めるためだけの文章なのだから、それほど気にすることもないかもしれない。

で、個人が音楽について何か語るのに意味があるとすれば、その人の趣向がどんなものか、ということに尽きるのではないだろうか。

私はこんな音楽が好きで、こんな音楽を聞いてきた、という体験、自分の嗜好と近いと思えば、興味が湧くかもしれないし、合わないと思えば、ふーんといったところだろう。

映画にしても音楽にしても、「西洋かぶれ」の時期というのは、大抵の人は経験があるのではないだろうか。

私自身も多くの人と同じように、「西洋かぶれ」からスタートしている。

ビートルズはほとんど全部聞き、ボブ·ディランは 3-4 枚聴き、どういった繋がりか分からないが Queen を 1-2枚聴き、Oasis や Jimi Hendrix をざっと聞き流した。

最近、oasis が再結成するというので話題であるが、ビートルズを聴いてきた感覚からすると、大学当時に oasis の存在を知った時は現代のビートルズといった印象を持ったような気がする。

しかし、瞬間的な高揚感はあったものの、実はそれほど聴き込むほどには至らず、どちらかというとライトな聴き方をしていたように思う。

楽曲が重視するものが、歌詞よりはサウンド中心だったのかもしれない(oasis の歌詞をあまり意識したことがないので確証はないが何だかシンプルなイメージがある)。

少なくとも ボブ·ディラン に関してはストーリーテラーと言われるように、歌詞カードを見ながらよく聴いたものだった。

ビートルズに関しては、受験の際の勉強材料にするという言い訳をして聴いていたので、ほとんどの歌詞を覚えるくらいに読み込んでいた。

Queen に関しては、時代も分野も全く違うような気がするが、誰しもがある時期に存在を知ることになると思うので、それぞれのタイミングで聴く時期があるのではないだろうか。

ビートルズ解散後の時代、1970年代以降の音楽というのが、自分はしばらく広がらなかった感じがある。

Jimi Hendrix や Nirvana はその中でもかなり聴いた方だと思うが、どちらも 2-3枚のアルバムを聴いたと言えば、だいたい想像がつくことだろうと思う。

エレキギターの速弾きといったタイプの楽曲も聴いてみようとしたことはあるのだが、あまり趣味に合わずほとんどはまらなかった。

素朴な感じとか、もっと雑で荒っぽい感じのものが好きなのかもしれない。といっても音楽においては演奏の正確性とか完全性というのは前提のようなところがあるから、それらをどう両立させるのかというのが難しいのかもしれない。

その後、日本の音楽も聴いてみようという感じになり、私の少ない音楽体験の中で、一番長く聞いているかもしれないのが LOVE PSYCHEDELICO である。

ビートルズの影響を受けていないミュージシャンはおそらく存在しないだろうけども、私の印象としては楽曲自体からはそれほどビートルズっぽさは感じないのだが、ジャケとかバンド名からはビートルズを連想させる要素で溢れていて、否応無しに無視できない感じがある。

KUMI の声とNAOKI のギター、一貫性のある曲作り、最近では円熟味のようなものを感じさせられる。ライブ映像で NAOKI ヴォーカルの楽曲を聴く機会があったけれど、渋いね〜という感じ。リンゴ·スターがたまに歌うのがなかなかよいのだけど、実は初めてビートルズの中で好きになったのがリンゴ·スターの声だったりする。

比較的最近のアコースティックライブの映像がものすごく良かったので、今更ながら、過去のライブの DVD とか ブルーレイとかを集めて、一つ二つ見たが、残りはまだ見ないで置いてある(DVD とかブルーレイのような盤ものって見るという行動を起こすのに少し覚悟がいる気がして、なかなか見れないのだ)。

性差というか、男性ならば女性ボーカルを多く聴く傾向が、女性なら男性ボーカルを多く聴く傾向がもしかしたらあるかもしれないが、その点では、私は女性のシンガーソングライターの楽曲を多く聴く傾向がある。

親世代がよく聴いていて私自身も聴くことがたまにあるのは、中島みゆきや荒井由美だと思うが、女性シンガーソングライターというのは若さゆえの先鋭さのようなものを持ち合わせている場合があり、このお二方もその傾向が強いように私は感じている。

比較的リアルタイムに近い形でよく聴いていたのは、椎名林檎 · 東京事変 · YUI · Cocco · BONNIE PINK · Superfly · EGO-WRAPPIN' · 小島麻由美 だろうか。私の場合、リアルタイムよりは過去の作品にかえって聴くパターンの方が圧倒的に多い。

男性ボーカルで一番聴いたのは、スガシカオだと思う。一時期ずっと聴いていた時期があったが、リアルタイムの頃のファンクな楽曲よりは初期の少しダークな雰囲気の頃のアルバムをよく聴いた記憶がある。ファンクが自分の音楽背景にある、みたいな話をどこかで読んだような気もするが、作り手の思い入れと受け手の印象は別物なんだなと思うことがある。" John Lennon が「IT'S ONLY LOVE」という曲が自分は気に入っていないと語っていて愕然とした" という話を桑田佳祐さんがどこかでされていたが、これは自分もすごく好きな曲で同じように感じていたので、思わず笑ってしまった。

男性ボーカルのグループはそれほど聴いていないような印象があったが、思い返してみると、スピッツ · 奥田民生 · 斉藤和義 · くるり · フジファブリック · ハナレグミ · スネオヘアー · サカナクション は聴いていた時期があった。少し最近だと、在日ファンク · King Gnu などはかなり。

恐らくバンド名があまりよくないのかもしれないのが 「LOVE LOVE LOVE」というグループで、いいなと思って CD で買って聴いた時期があったのだが、検索しても探し出すのが大変というのがある。「LOVE」という頻出ワードをグループ名に入れている場合が結構ありそうだが、もう少し何とかならないのだろうか。

女性ボーカルでアンニュイな感じといったらよいのか、やくしまるえつこ· 相対性理論はたまに聴きたくなる。中でもやくしまるえつこと d.v.d 名義の「時計ちっく」という楽曲がお気に入りで、これだけ特別に定期的に聴いている感じがある。

高校生くらいの頃はジャズはほぼ聴いていなかったが、名前にジャズっぽい雰囲気を感じる「大橋トリオ」の初期の3枚くらいのアルバムを買って聴いていた記憶があるのだが、この方、その後 1 年に2枚くらいアルバムを出すような多作な方だったので、学生の私には金銭的に追いつけなくなり、しばらく追いかけるのをやめてしまった。

最近になって、ラジオ J-WAVE の深夜番組「The Universe」という番組で、パーソナリティの一人として大橋トリオさんが担当していて、久しぶりに10年間の奇跡を辿ってみようかなと思ったりする。

この「The Universe」という番組、4人のミュージシャンがそれぞれ好きなように選曲した楽曲を流すという個性的な番組で 2時間ものボリューミーな内容なのだが、他の3人が「安藤裕子」、「大貫妙子」、「岸田繁」でトークもかなり魅力的なのでおすすめである。

アニメやドラマのオープニング·エンディングの楽曲で知って、そこ経由で聴いてみようという場合があり、Aimer · Anly · ASCA · chelmico · LiSA · ReoNa · 安田レイ · 瀧川ありさ · 大槻真希 · 藍井エイル · 女王蜂 · 三月のパンタシア · Cö shu Nie · HARUHI · Official髭男dism、などライトな聴き方ながらも定期的に聴きたくなるものがある。

そして、最近になってよく聴くのは、あいみょん · 羊文学 · iri · Ado · 優河 · TOMOO · salasa、中でも TOMOO の「TWO MOON」という最近のアルバムには久しぶりにはまっているといっていいかもしれない。

J-WAVE のラジオ番組や日比谷音楽祭など、亀田誠治さん関連で知るようになったのが、TOMOO · リーガルリリー · 優河 · Shingo Sekiguchi · EYRIE · 奇妙礼太郎 · 七尾旅人 · 半崎美子 · DYGL · 阿部芙蓉美 · Overground Acoustic Underground · Original Love · 大原櫻子、など、聴きたいリストが増えた。

ラジオは頻度で言ったら J-WAVE が一番聴いているように思うが、そこからの情報はかなりあって、高校生とか10代とか、かなり若い世代からも才能なのか、時代の申し子とでもいったらよいのか、tuki. · HANA HOPE · 冨岡愛とか気になっている。

だいぶ日本のミュージシャンも聴くようになってきたなということで、改めて海外のミュージシャンにも目をむけてみると、自分の聴いていた音楽は過去の本当に限られたものでしかなかったのだなと思い、最近になってようやく現代に追いついてきた感じがする。

女性ボーカルの楽曲、これを LP で聴くことで幅を広げてみよう、とふと思った。

LP で何を集めるかと考えたとき、なんでもかんでも手を出してしまうと数が膨大になってしまうので、自分の中で少し指針があった方が良いと思ったのである。

振り返ってみてふと気づいたのだが、高校生とかに洋楽で聴いていたものはどちらかというと男性ボーカルのグループが多かったように思う。若さゆえの恥じらいというか、自分の嗜好に対して外聞とか体裁を気にするようなところが少しあったのかもしれない。

それに反して、最近新たに聴くようになったのは女性ボーカルの方が圧倒的に多いような気がする。誰が何を聴いていたって気にするような時代ではなくなったし、そもそも小学生とか中学生の時って個人の趣味に関して排他的なところがあるのはなぜなんだろう。そのような精神年齢の変化には少し興味もあるが、年齢的に音楽の話を誰かとすることも無くなったので何だか自由になった感じはある。

最近のラジオでランキングに入るようなシンガー、既に故人となってしまった伝説的なシンガー、カントリーやロック、ジャズなど分野も様々だが、ヒット曲はよくながれるだけに聞き流してしまうようなところがあるが、改めてよく聴いてみると、いいなと実感する。Tayler Swift, Billie Eilish, Adele, Maren Morris, LANA DEL RAY, Dua Lipa, Kacey Musgraves, Clairo, Laufey, Liana Flores, HAIM, Sara Bareilles, DIANA KRALL, MELODY GARDOT, Avril Lavigne, Brandi Carlile, Lucy Kitt, BONNIE RAITT, SUZANNE VEGA, Sandy Denny, Joni Mitchell, Janis Joplin, Eva Cassidy, Laura Nyro, Amy Winehouse など。

Amy Winehouse は確か近いうちに映画が公開される予定だったように思うが、私と生まれた年は同じはずで、これほどまでに才能というか能力というか、人生の壮絶さというか、何か生きる時の流れが自分とは全く違うような感じがする。歌い方のジャンルのイメージとか故人というのもあるが、自分より上の世代の人という感じがする。

宇多田ヒカルも私と同じ年の生まれだと思うが、この人は歳を重ねるほど、どんどんよくなるようなタイプかなと感じている。デビュー当時も話題になっていたように思うが、最近の作品はかなりよいなと感じる。

Avril Lavigne は一時期かなりよく聴いていたような気がするが、改めて調べてみたら私より 1 歳若いようである。音楽に年齢は関係ないけれども、同世代の人には何か特別な感情が湧くような気はする。

好きな海外のミュージシャンでカナダの人って結構いるような気がするが、他に誰がいたかはすぐに思い出せない。

とある映画で「Letters to Cleo」というアメリカのバンドを知り、このグループも GirlsRock という雰囲気でかなり好きなのだが、もう解散しているようで、1枚のアルバムしか聴いたことがなかったのでもう少し深掘りしてみようかと先日ふと思った。

GirlsRock とか、音楽の分類はよく分からないところがあるのだが、「Letters to Cleo」を調べると「Alternative」と出てくる。実際にはヴォーカルが女性なだけであった。

椎名林檎にしろ、私が好むのは alternative rock のようなアンダーグラウンドな雰囲気のバンドのようである。

R&B(Rhythm and Blues)は 1940年代からある歴史の古いスタイルということであるが、どういう音楽をさすのか、今ひとつ理解できていない感じがある。

それで日本人の R&B で調べると、iri · misia · 藤井風 · bird が例に上がってきて、またさらによく分からなくなる。Amy Winehouse の例は何となくわかるのだけれど。 iri も最近よく聞いている。bird は最近ラジオで聞いて、25周年とかだったように思うが、これから聞いてみようかなと思っている。藤井風は別所さんが好きすぎるので、毎日ラジオで一回は聞いている気がする。

ゴスペルのようなと言われれば何となく分かるし、ブルースやソウルと言われれば何となく分かるような気がするのだが、R&B はよく分からない。

いくつかの分野が融合したようなものなのだろうか、それが認識を曖昧にさせる原因のような気もする。

ジャズに関しては、これもメインの楽器がピアノ·トランペット·サックスとか色々あるので、私の場合はまずピアノ系を集めてみようとテーマを決めてみた。

知識がないものだから、ジャケでピアニストのものらしいもので、ピンとくるものがあればとりあえず聴いてみるのである。

中古だと安く購入できる場合があるが、Bill Evans とかだとかえって高い場合があるので、新品で購入した方が良い場合もある。

Bill Evans の盤は、とりあえず結構集めてしまった。

作品数は少ないのだが、福居良は特別な感じがあり、私が購入した中でも最も気に入っているLP盤の一つだと思う。

演奏の完璧さという意味では優れたピアニストは大勢いるが、それだけでは説明できない良さが福居良の演奏にはある。という趣旨の文章をどこかで読んだが、まさにそんな感じがする。

レコード盤には工業製品であるにもかかわらず、何か所有欲を満たすような不思議なところがある。

それは音という形のないものをビニールというものの中に凝縮して、その溝を引っ掻きさえすれば音が再生されるという、単純な原理の中に、物としての実体感を感じとれるからなのかもしれない。

ジャズの盤はとりあえず、中古で買ってきてから一度は聴いてみるようにしているが、まだ二巡目には行っていないので、内容的にまだよく把握できていないところがある。

洋楽というと、英語圏の音楽に偏りがちであるが、ラジオは本当にいろいろなコンテンツがあって、日曜日には滝川クリステルが 「SAUDE! SAUDADE...」というのをやっていてブラジルとかフランスとかその辺の音楽だと思うのだが、これもなかなか気分転換になって良い。

ギタリストのTomatito · João Camarero のインストロメンタルを知ったのもこの番組であった。

よい音楽を聴いていると、自分にも何かできるのではという錯覚が起こって、ギターなどの楽器を触ってみるのだけど、適当に弾いていると、何だか子供の頃に聴いた歌謡曲のようなフレーズしか出てこなくて自分の中に形成された音楽性というものに愕然とすることがある。

ジミ・ヘンドリックスが弾くフレーズにはどこか単純でプリミティブな感じのものがたまにあるが、自分の中にあるものはそういう物とは何かはっきりとは分からないが、非なるもので絶妙にダサいのである。

これはどう説明したらよいのか、育った環境で無意識のうちに形成された何者かであるように思わずにはいられないのである。

だとすると、若い世代の人が何でも自分でこなして素晴らしい音楽を生み出してくるのは時代がそうさせている部分も大きいのかもしれない。

最初に売れている楽曲というのは共感を得る可能性が高いと書いたけれども、ヒットチャートに現れない楽曲でもとてつもなく良い楽曲というのはきっとあるのだと思う。

本当はそのような楽曲を知りたいと思うし、知っていれば共有したいと思うのだけれども、振り返ってみると、自分にはそのようなストックはあまりないので、ラジオで「くるり」の岸田さんとかの番組を聴くのがよいと思う。マニアックで素晴らしい音楽を教えていただけます。

音楽に関しては、若い頃よりはだいぶ受容力が増しているように思うので、しばらくはシャワーのように音楽を浴び続けようと思う。

今思えば不思議に思うのだが、子供の頃というのは好き嫌い以前に、生理的に受け付けないというタイプの音楽が結構あったように思う。

若い頃に性格が尖っているというのはよくあると思うのだが、歳をとって性格に丸みが出てくるのに似ているように思う。

感受性が弱くなってきて受容性が増してくるのか、実際、他人のこととか、たいていがどうでもよいと思うことが歳と共に増えているように思う。

若い頃というのは何か細かいことで、これはこうあるべきとか、変なこだわりが多かったような気がする。

一方で、歳をとって了見が狭くなってくるという人もいるようにも思うが、一体どんな精神的な変化が起きているのだろう。AI に聞いてみると、ホルモンバランスが影響することが原因の一つにあるようである。

こういった精神の変化というのは人によって違うようなので、よく分からないところがあるが、少なくとも一番よく観察できるのは自分自身であるので、自分自身を実験台にいろいろと観察していくのは面白いことかもしれない。

ラジオを聴くようになって半年くらい経つが、大体聴くものが固まってきた。

何となく聴いていて気にならない番組というのがあって、Tokyo Morning Radio という別所哲也さんの番組は何だか聞かないと落ち着かないような感じになってきた。

これが朝の 6 時から 9 時まで 3 時間もの長時間を毎週月曜から木曜までやっているのだが、バイタリティーがすごいなと感心する。ぜひこれからも長く続けていただきたいものである。

土曜日の 16:00 からは Tokyofm でリリー·フランキーさんの「スナック ラジオ」というのがやっているのだが、スナックで繰り広げられる会話を盗み聞きしているような、湿っぽい話などもあり、大変面白いので楽しみに聴いている。何となくリアルタイムでは聞き逃してしまうことが多いが、広瀬すずさんの「よはくじかん」も「スナラジ」のちょっと前にやっているので聞くことが多い。内容はと聞かれても、特に思い出せない、まさに「よはくじかん」という感じだが、それがよいのである。近況報告だったり、ゲストとの対談だったり、不思議と声を聞いているだけで落ち着くというか癒される感じがある。

一方で真面目な感じのコンテンツでは、吉岡里帆さんの「UR LIFESTYLE COLLEGE」とか、岡田准一さんの「GROWING REED」とか、各界の専門家との対談という感じで、なかなか興味深い内容である。

それから、音楽系では先ほども少し触れたが、亀田誠治さんの「DEFENDER BLAZE A TRAIL」や 4人のミュージシャンによる「THE UNIVERSE」、たまにクリス · ペプラーさんの「TOKIO HOT 100」、気分でごく稀に草野マサムネさんの「ロック大陸漫遊記」など、他にも開拓したいものの大体これらを追っていると他のものを聞く時間がなくなってしまう。

Radiko にはエリアフリーと言うサービスがあって、月々385円で全国のラジオ局の番組を聞くことができる。

地方に移動する機会があっても、東京の番組を逃さず聞くことができるわけである。

地方のラジオ番組も開拓してみたい気もするが、やはり時間がなかなかない。そんな中でも、α-STATION FM KYOTO の FLAG RADIO とか、これから聴きたいかも、というものもある。

少し前は自分の感性に合うものとか、良いものを探すのに苦労していたように思うが、今はどちらかというとよいものの中でどれを諦めるかに苦労しているようなところがある。

そのような環境では、少しでも嫌な点があれば、避けるようになるし、なかなか苦労をしずらい時代になったのかなと思う。

とても豊かで良い時代になった一方で、依然としてある種の厳しさとか難しさも内包していると思う。

いわゆる、J-pop というジャンルが好きになれない。

もしかしたら、自分の聴いていた音楽も J-pop と呼ばれることはあるのかもしれない。

それでも、自分の中で何か、なじまないジャンルと言うものが日本の音楽の中にはあって、それを自分の中で j-pop と分類している。

嫌だと感じ、なじまないと感じているのに、実際に自分の中にはそれらの影響がとても強く残っているという、精神衛生上よろしくない状況が生まれている。

子供の頃、習っていたピアノの音楽教室で珍しく作曲をしてきなさいという課題があった。

私は困り果てて、いろいろ悩んだ末、和音のような、三つくらいの音を組み合わせた音の組み合わせを、三つくらい見つけ出すので精一杯だった。

それを弾いてみたところ、えっというような間が流れて、もう一度弾いてみてと先生に言われたが、私は恥ずかしくて今のは適当に弾いただけで、実際には課題はできなかったことにした。

他の生徒はというと、練習曲に似たような曲を流暢に弾いてみせた女の子がいたことを思い出すが、個人的にはそれはそれである種の痛々しさを感じたような気もする。私が育ったのはそんな時代だった。